再生医療に利用される細胞の流通や製造工程をブロックチェーンに記録するために、岐阜大学歯髄細胞プロジェクトで開発を進めているのがShizuiNetです。この記事は、今年の実習用資料として使おうと思い作成しています。実習で、ウォレットを作ったり、投げネムをやってもらって、ブロックチェーンへの理解を深めてもらうのが目的です。また、できるだけ一般の方にも分かる記述をするよう努力します。
1. ShizuiNetが目指しているコンソーシアム化
こちらが、現在構想中のShizuiNetコンソーシアム(同じ目的を持って集まった共同事業体)の構想図です。ShizuiNetは、親知らずや乳歯から採れる歯髄細胞を取り扱う「企業や研究機関」で共同利用されるブロックチェーンを目指しています。現在助成金を集めて、サーバー整備やデバイスの開発、協力機関への呼びかけなどをしながら、ShizuiNetの運用母体となる株式会社設立の準備中です。
2. 歯髄細胞の取り出し方と増やし方
2.1 個人情報の切り離し
歯髄細胞は、生え変わりで抜けた乳歯や、抜歯された親知らずのような医療廃棄物から採取できます。生きている細胞には、遺伝情報が入っていますから、提供してくださった方の個人情報とすぐに切り離して、DP0001などの記号で置き換えます。間違っても提供者の名前やイニシャルや、ましてやカルテ情報とリンクしてはならないので、この接続情報は破棄されるか、大学病院などで厳重に管理・保管されます。
2.2 細胞の取り出しと培養開始
外から見ると非常に硬そうに見える歯ですが、中心部には歯髄という柔らかいグミのような組織が入っています。この中に細胞がたくさん含まれています。歯髄にいるから歯髄細胞と呼ばれます。そして歯の中から取り出した時に、どんどん増える細胞がいて、これが歯髄幹細胞です。この歯髄幹細胞の仕事は、少しずつ歯の内側に新しい歯質を作って、歯を長持ちさせることです。ですからこの歯髄組織は年齢とともに細く、糸のようになっていきます。しかし歯が生きている限り幹細胞も働いていますから、乳歯や途中で抜けてしまった歯から、このような細胞を取り出して、再生医療に使うことができます。
若年者の親知らずを割ったところ。硬い歯質(上)の内部に柔らかい歯髄(下)が詰まっている。
歯髄の断片(オレンジ色の塊)から這い出して、どんどん増える歯髄細胞。オレンジ色の枠は一辺が0.1mm。
3. 細胞医薬品製造は枝分かれ工程
上の図で、矢印で示されたところが、ShizuiNetが記録する「プロセス」です。広い意味での細胞系譜になります。ShizuiNetのプロセスは、サンプルや細胞の移動(赤矢印:transferモザイクを使用)と、培養などの製造工程(青矢印:productionモザイクを使用)に分類できます。チューブやバッグにはバーコードがついていて、それぞれを区別できます。製造工程の中には、培養だけではなく、遺伝子を導入してiPS細胞を誘導したり、細胞の性質を引き出すための操作も含まれます。これらの工程は、一本のチューブに入っていた細胞が増えて複数本になったり、まったく別な性質を持った複数の細胞株に枝分かれします。起点と終点がバーコード情報になっており、モザイクの送付が方向性や関係性を表します。このようなツリー構造を記録するには、普通のデータベースよりも、ブロックチェーンのほうが相性が良いのです(理由についてはTAKASAKIさんが大変鋭いコメントをくださったので、Twitterを参照してみてください)。
4. 製造工程をShizuiNetに記録する
4.1 バーコード
ShizuiNetでは、工程ごとに様々な規格や大きさのバーコードを使用します。ShizuiNetが規格を定めても普及しにくいので、今稼働しているプロトコールや設備にShizuiNetをあわせこもうとしているためです。
細胞凍結保存用チューブの小型バーコード(1次元+DataMatrix)
乳歯送付用チューブのバーコード(QRコード)
培養皿に貼り付けたラベルにもQRコード
4.2 ShizuiNetデバイス
ShizuiNetに情報を記録するために必要なのは、バーコードリーダーとネットに繋がったPCです。基本的にバーコードリーダーをUSBでラズベリーパイにつないだものを使います。
4.2.1 簡易型
これは、現在nemlogと同じNIS1というブロックチェーンに入退室を記録するのに使われています。昨年の実習で制作し、1年間クリーンルームの入退室管理端末として働きました。Amazonで買った汎用バーコードリーダーと小型のRaspberry Pi Zeroを使用し、大きめのQRコードや1次元コードを読み込めます。
4.2.2 一体型
無菌環境での使用に耐えられるように、バーコードリーダーとRaspberry Pi Zeroをケースに入れた一体型です。リーダー部は、小さなバーコードも確実に読み取れるよう、業務用の高性能な物になっています。
4.2.3 セパレート型実験機
これは、大型装置への組み込みを考えた、セパレート型です。工場などで組み込み用途に使われるバーコードリーダーと高性能なRaspberry Pi4を使っています。高速な処理ができるため、Symbolテストネットのストレステストにも使われます。
5. ShizuiNetの利用方法
ShizuiNetにはPCやスマホのブラウザを使って専用のエクスプローラー経由でアクセスします。一般のエクスプローラーに無い機能として、メッセージの検索が可能になっています。たとえば「K38」で検索をかけると、このような画面が出てきます。これはK38を名前に含む細胞が、いつ、どの凍結保存チューブに保管されたかを、実際に実験しながら記録したものです。その中のひとつのトランザクションの中身を見てみると 、、、
K38-2-P18という細胞がNA0001155210というバーコードのチューブに結び付けられてます。
タイムスタンプは2020-12-07 10:35:15。送付されたモザイクは、、、
testshizui.productionとなっているので、製造工程(この場合は凍結保存)であることがわかります。他にも似たようなトランザクションが2つあり、それぞれNA0001155209とNA0001155211というチューブにつながっています。また、この直前にK38-2-P18は消費されたのでtestshizui.consumptionというラベルが付けられたトランザクションもあります。これらを合わせると、K38-2-P18というラベルの書かれた培養皿から細胞を剥がして、NA0001155209, NA0001155210, NA0001155211の3本のチューブに入れて凍結保存したことが、トランザクション記録で証明できるのです。
このようにして、ShizuiNetはチューブとチューブ、培養皿と培養皿、あるいはチューブと培養皿の繋がりをトランザクションとしてブロックチェーンに保存して、細胞製造工程の全体図を紡いでいくわけです。
今後は、もっとモザイクの種類を増やしたり、樹形図を描かせてよりデータにアクセスしやすくするなどの発展を考えています。
以上が、現在のShizuiNetの現状です。医療従事者や患者さんには馴染みがない世界だと思いますが、安全に細胞を移植するために必要な技術として、こういうところでブロックチェーンが注目され始めているのです。